2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2006年6月 | トップページ

2006年7月17日 (月)

佐々木厳太郎教授の告白1

私は憤然として佐々木教授の腕を振り払うと、

「断る。あなたの教育方針は実務家の要請に応えすぎている。私が学生運動の時に反対を叫んでいた産学協同そのものだ」

と言うと、佐々木教授は必死に、

「待ってくれ。私はあなたが教授陣と争って東京国立大学を追われたのを知っている。私はあなたと会って同じものを感じた。私も大学の派閥抗争で大変な屈辱を味わった。その葛藤(トラウマ)をお互い飲んで晴らしたいのだ」

と叫ぶようにいった。 瞬間、私も彼と同じものを感じた。

「わかりました。私も告白しましょう。じつは私も学問を講ずるといつも罪悪感にさいなまれてしまうのです」

すると、佐々木教授は得たり、とばかりに、

「やはりそうでしたか。私もあなたと同じ罪悪感の塊なのです。日々、実務家よりの授業を講じるうちに芽生えてきた、大学人は学問の真実を講ずるべき、という自責の念。しかしながら、私はあえて実務家よりという仮面をとって講義をして参りました。これには訳が・・・・・」

「もういい。私にはわかっている。君の・・・・・」

と言いかけると、後ろで何かいいたげにたたずんでいた学生があきれたように、ともに抱きあわん、とばかりに会話をしていた私たちの中に割って入ってきた。

「佐々木先生、実は僕、閉所恐怖症なんです。先生が大教室の扉を鎖で施錠したとき、私はとてつもない恐怖を感じました」

すると、佐々木教授は

「おお、君もマイナーな精神病を抱えていたのか、すまん、君の気持ちがわからずに僕は・・・・・」

佐々木教授は巨体を揺すりながら大学の回廊で号泣した。

2006年7月 9日 (日)

【日曜版】 お坊さんを中心とした道徳の授業を普及させよ 

あのね、僕はあんまり他の評論家の人の言うた事をなぞるのはあんまり好きやないんやけれども、これは現在の風潮を見事にとらえた、ええコメントやからなぞらしてもらいたい。

評論家の立花隆さんがNIKKET NETに連載しとるコラムの福井総裁の利殖問題に関して、最後にこのようなコメントを残しとる訳やね。

「小泉改革も、ふれこみは立派、見かけも立派だったが、その中心部は黒く腐っており、あらゆる権力中心部と同じように「キレイはキタナイ」だった。

周辺部ではリストラされたホームレスたちが力なくうごめき、国民の大半はゼロ金利とデフレ経済でエネルギーをすり減らす日々を送っているというのに、中心部には大儲けしてウハウハしている一握りの人々がいて、その連中はみんなつるんでいた」

これがホンマやとすると本当に嘆かわしいことやね。

どんなに高い名誉や地位を獲得した人でも、悲しいかな人間の性、どうしても人間、金銭に対する執着だけ断ち切れんようやね。

昔は名誉や地位イコール金銭ではなかったんやけどね。

例えば、鎌倉時代に大燈国師いう偉いお坊さんがおって、花園天皇が大徳寺をつくってもらいたいと思うた。探したら、どうも五条の橋の下で乞食をしとるということがわかった。

そこで花園天皇は一計を案じ、瓜が大好きな人やから、瓜があったらよってくるやろう思うて、瓜を持っていって寄ってきた大燈国師に大徳寺建設を依頼したわけやね。

大燈国師はその時、金銭がなくて賤しい身分であったんやけれども、徳の高い人同志やから、そんなもん関係ないエエもんはエエんやゆうて、どこか相通づるものがあって大徳寺建設を依頼したんやろね。

それから、僕は昔、「どら平太に失われた日本人の精神をみる」http://www.yorozubp.com/0302/030213.htm)いうコラムを書いて、明治以来どうして日本人は金銭に対する執着が強なってしまったのやろう思うて、3年前にこのコラムを書いたのやけれども、今回また、その一節を引用させてもらいます。


 「武士は無償・無報酬の実践のみ信じたという。奢侈は人格に影響を及ぼす最大の脅威と考えられ、武士の子弟は経済のことをまったく眼中に入れないように育てられたという。小平太の行動は、腐った武家社会への痛烈なアンチテーゼであったとも言えるし、その無私で無欲な行動は我々に爽快さを与えてくれる。

 このことは翻って現代社会にも当てはまる。新渡戸博士は明治の文明開化によって「詭弁家、金儲け主義者、計算高い連中」の新時代に入ったと嘆いたが、その嘆きは的を得たものであった。今は「文臣銭を愛し、武臣命を惜しむ」人々が横行する時代である。混迷する時局において、現代の功利主義者や唯物論者に対抗する、武士の徳目を備えた人物の再来が待たれる」

最後に、僕は「武士の徳目を備えた人物の再来が待たれる」と書いたけれども、そんなもん待っとられん訳ですわ。

梅原猛さんの本を読んどったら、明治以来どうして日本人は金銭に対する執着が強なってしまったのか、の答えが出ました。

平田篤胤ゆうひとがおったんやけれども、この人は神仏混合反対論者やったわけやね。その篤胤の唱える平田神道が明治維新の思想的原動力になった。その結果、廃仏毀釈、神仏分離がおこなわれた訳やね。

そして日本という国家を神とする、新しい神をつくってしもうた。

もともと天皇は明治以前は仏教信者やったんですわ。天皇になれない皇子は、門跡寺院の門跡になられたという伝統があったんですわ。

そこから無神論者が増えて、エリート層もそろって無神論者となった。宗教なきところに道徳なし、そこからはただ単に営利を追求する神仏なき資本主義のはじまりですわ。第二次世界大戦の敗北によってよりこの傾向に拍車がかかったと考えるべきやね。

韓国ではキリスト教の入信率が高いのに、日本ではそれほどではない、また先日、

田原本町

で母や弟を焼死させてしもうた子も仏教の本を差し入れてほしいと弁護士さんに頼んだらしい。

日本人の心の原風景には仏教があるんやと思いますね。

ここはお坊さん、自分にはその資格がないゆうて遠慮せんと、どんどん小学校でもおしかけて今の子供たちに仏教の道徳を教えてあげてほしいね。

2006年7月 8日 (土)

佐々木厳太郎教授の財務管理論3

佐々木教授が雑務助手に、

「掲示―」

と大喝すると、4人の雑務助手と院生が手分けして新聞の株価欄を何十倍にも拡大した紙を黒板に貼り出した。

私が驚愕して黒板に貼り出された株価欄の銘柄名とその騰落率に眼を奪われていると、壇上の佐々木教授が雑務助手に合図を送り、雑務助手がテープ・レコーダーのスイッチを押すとワグナーの「ワルキューレの騎行」を大音量で流しはじめた。

「やめたまえ。これは戦争賛歌の音楽だ!!」

たまらず私は叫ぶが、佐々木教授の大音量のマイクロフォンの声はとどまることを知らない。

やがて、4人の研究助手が4桁の数字が書かれたカードを学生に配り始めた。

大教室が戦闘的な雰囲気に包まれはじめた。

「諸君。これだけの銘柄が株式市場に上場している。その会社数は4000を超える。

諸君はまずどの銘柄がどのセクターに属し、どのような活動をおこなっているか知るが良い。その為には、」

佐々木教授が黒板に「EDINET」と書くと、

「これはEDの治療機関ではありません。まずインタ-ネットで“EDINET”と入力してみて下さい。

これはElectoric Data Investor‘s Networkの略語です。

日本語に訳すと、『証券取引法に基づく有価証券報告書等の開示書類に関する電子開示システム』

官僚用語は長ったらしくて嫌ですね。それはそれとして、

ここから諸君の手元に渡った4桁の数字の銘柄の有価証券報告書をEDINETからダウンロードして、200ページくらいありますよ、投資に適するか否か、明智大学所定のレポート用紙4枚にまとめて提出して下さい。

諸君ははじめてのことであろうし戸惑いもあるであろうから、提出期限は再来週とする。

よって今回の講義は終了。来週は休講とする」

佐々木教授は呵呵大笑すると、いそいそと4桁の数字の書かれたカードを配る研究助手をよそめに、壇上から降り、私の肩を抱くと、

「さあ、本日の講義はこれにて終了です。長岡佐渡教授、飲みに行きましょう」

と言った。

2006年7月 7日 (金)

佐々木厳太郎教授の財務管理論2

「あなたの教育方針は素晴らしい。是非あなたの講義を聴講したいのだが」

私は内なる衝動に抗しがたく佐々木教授に申し出ると、

「いいですよ。しかしながら、あなたは何者です? 学内ではとんと見かけない顔ですが?」

怪訝な顔をする佐々木教授に、

「あ、いや。先日、東京国立大から赴任いたしました哲学担当の長岡佐渡」

と告げると、佐々木教授の笑顔が瞬間、怪しげな笑顔に変じた。

「サド・・・・・・ですか」

「ええ。佐渡です。佐渡島の」

途端に佐々木教授の顔が引き締まり、

「あはははは、トキがいる佐渡島ですか。北朝鮮から帰ってきた曽我ひとみさんやジェンキンス氏がいる佐渡ですね。いまは、ジェンキンス氏がどこのブランドの車に乗るか注目の的だそうですよ」

何気ない話の中をしながら、私は佐々木教授の時折痙攣する顔の影に見え隠れする怪しげな欲望に満ちあふれた笑顔が気になったが、とりあえず、佐々木教授の講義する「財務管理論」がおこなわれる熱気あふれる大教室に入った。

壇上に上った佐々木教授は2名の雑務助手に、

「施錠(せじょうー)―」

と大音声を発すると、雑務助手は大教室の前後の巨大な扉を鎖でグルグルまきにして大教室を密室状態にした。

瞬時に、大教室に閉じ込められた150名ちかくの生徒に緊張が走った。

マイクを握った佐々木教授は開口一番、

「諸君。金融マネー・ゲームの時代が到来しました。我が国はこの金融マネー戦争に勝ち残っていかねばならない。みよ、先進国はすべて金融王国である。諸君はこの国の信用力があるうちに投資家を募り、大量の資金を調達し、マネー・ゲームに参加して勝利しなければならぬ」

うしろからゲボッ、という学生が嘔吐する音が聞こえた。当然だろう。

佐々木教授はなおも続けた。

「ホリエモンのいう事は資本主義の真実をついている。起業して失敗したって、個人保証さえしなければ、失うものは何もないのだ。失うものは社会的信用だけだ。これからの日本は文化力などというたわ事を言うものがいる。小国から大国、貧国から富国と成り上がることでしか日本は日本たりえないのだ。諸君、文明の成果は金で買い取ればいいのだ。さあ諸君、西洋諸国とのマネー・ゲームに打って出よう」

「これってカルト商法?」という話し声も聞こえた、この声も至極当然である。

私はこの講義説明を聞くなりゲンなりした。

私は哲学、特に公共哲学を講ずるものである。

このなんともいえぬプラグマティクな講義を大学という場所でおこなうこの佐々木という人物にも大いに不審感を抱いた。この講義をエスケープした学生の方がよっぽど正常なのじゃないか、と思った。

2006年7月 6日 (木)

佐々木厳太郎教授の財務管理論1

「待ちたまえ諸君!! 待ちたまえ!!」

筋肉質で体の大きな40後半の男が汗だくになって、2、3人のジーンズをはいた学生を必死に追いかけている。

初めは何かの間違いか、また昨夜六本木のパブで嗅がされたマリファナの幻覚のなせる技かと、眼をこすってみたが、大柄な男が必死の形相で2、3人の学生を追いかけている光景に変化はない。

走ってくる大柄な男の襟首をつかまえて、

「あなたは何をしているのですか?」

と問うと、

「ガ、学習障害とおぼしき学生を追いかけているのです」

と、激しい息づかいの中答える。

学習障害児。聞いたことがある。知能が高すぎるが故に授業に集中できず教室を出ていってしまう児童のことだ。

明智大学は幼稚舎から大学生まで生涯教育をモットーとしているときいていたが、大学生になってまで小学生と同様に学習障害児を捕まえて再教育するのかと、驚いてたずねると、

「ナ、中には知能が高すぎるが故に、講義が退屈で出てゆこうとする輩もいます。ソ、そういう、学生が大学をドロップ・アウトしないように予防線を張っているのです。ソ、そういう学生の中から改心して大変な天才が現れる可能性もある・・・・・・」

それは素晴らしい。

「東京国立大以外は大学にあらず」

と30年以上象牙の塔にこもり他大学を寄せ付けず、見下していた私は明智大学の細やかな教育方針に大変感動した。

「あなたのお名前は・・・・・・・」

「サ、佐々木厳太郎。ケ、経済学部で証券論を担当しています」

やがて、この佐々木教授の2名の雑務助手とおぼしき人が授業を放棄してドロップ・アウトしようとした3名の学生の前に立ちはだかると、投網を投げつけた。

投網の中に入り、天井につる下げられた学生は白旗を掲げ、雑務助手はその光景を見て、飛び上がって喜んだ。

2006年7月 5日 (水)

経済学部 長岡佐渡先生

東京国立大学文学部の教授の座をめぐる争いに敗れ、明智大学経済学部に奉職した哲学専攻の「長岡佐渡」教授のモットーは「人倫に背くことなかれ」

ひとたび酔えば政治を論じ哲学を論じてやまない「佐渡先生」のもとに、洋行帰りの「本阿弥光悦」と、腕太くバンカラ風の「佐々木厳太郎」がやって来て、酒を酌み交わしながら天下の趨(すう)勢を論じる。

本阿弥教授は「明治以来の富国強兵策の信奉者」である。

アジアの小国・日本が早く民主制を確立し、公選制、自由貿易、「国の経済や財政を圧迫する投資ファンドなどに手を出さず、一心に学問と工業技術を究めることで欧米に並ぶ国を」造り上げた過去の経済政策から若者は学ぶべきと唱える。

一方、現実主義者の佐々木教授は、本阿弥教授の理想を鼻で笑う。「そもそも金融マネー・ゲームは避けられぬ。先進国はすべて金融王国である」国家間の信頼がどれほどのものか、投資者を集め大量の資金を調達し、小国から大国、貧国から富国と成り上がることで「文明の成果は金で買い取ればいいのだ。さて西洋諸国とのマネー・ゲームに打って出よう」と主張する。

2006年7月 4日 (火)

噛んで飲み込む力

ご無沙汰しております。お忘れでしょうが、5年前ほど前に無理に住職とのご面会を申し入れ、真田の話や人生の話をさせていただいた信州海野氏の流れを汲む無作法な者でございます。

住職は高野山高校の校長として、ひきこもりの生徒を受け入れる学級を作られ、今年は国家の重責を担う人材を育てんと京大特別進学コースを設けられたとか、ご活躍のほど山の下におります私にも伝わってまいります。

住職とご面会した際、私は「怒る、妬む、謗る、釈迦の言う三毒廃すれば洞察力備わるということを実践している云々」と小癪にも申し上げましたが、住職は言下に「あなたはそれだからいかんのです。人間らしく自然に怒るときには怒る、妬むときは妬めばよいのです」と否定されました。私はその時「自由自在とはそのような境地を指すのだ」と悟りました。

勿論、住職のこのお言葉は、その人となりをみて発した言葉であると承知しております。人間だれしも自由自在に生きたいと思い、社会の壁の前に挫折する生物であるとは存じております。

本年の住職の年賀状に「何卒無量の寿命にあやかられんことを」とありました。今年は、波乱万丈の年明けでしたが、周囲の介助もあり、自らの命を粗末にせず、なんとか命を全うすることが出来ました。

また人生に迷いました時、蓮華定院の門を叩かせていただきます。よろしくお願いします。

過日、素晴らしいメールをいただきました。終末医療の在り方に大きく示唆を与えるエピソードであると思います。

ここに紹介させていただきます。

(以下、高野山高校校長S校長のメール)

『噛んで飲み込む力』
柔道の試合中に頸骨を損傷して植物状態になってしまったある高校生。
三年間意識は回復せず、ついに母親も生命維持装置を外してくれと申し出た。
「最後に好物だった苺を食べさせてやりたい」しかし顎が固まり歯肉が腫れ歯もガタガタ。
歯科医が口をこじ開け歯肉マッサージをして母親が苺を差し入れた瞬間。
突然口が動いて飲み込み、一ヶ月後完全覚醒した。
九大医学部の信友浩一先生の体験。噛んで飲み込む力が生きる力だと。

2006年7月 3日 (月)

陽なたの竹

私が最も好きな格言の一つです。

(以下、引用)

話し終わって、石舟斎は、つぶやくようにこう述懐した。

南向きのやぶ竹とは、いったい何の比喩であろうかと、家臣たちは解けない顔をしていたが、そう例えられた当の宗矩には、よくわかっていたとみえて、面目なげにさし俯向いていた。

幼少の頃、父の石舟斎が、道場に立って、手ずから子を木剣で打ち鍛え、また訓戒するたびによく、

(―陽なたの竹ではだめだぞ!)

と、云ったことを宗矩は今、思い出すのであった。

宝蔵院の胤栄が、よく尺八を吹くので、その胤栄がある折、尺八のはなしにことよせて、

(ご当家もご子達がたくさんであるが、子を育てるには、北向きの藪竹にしておかねばいけませんな)

と云ったのを、石舟斎がひどく感心して、それ以来、つい子どもへも、口ぐせになって出ることばであった。

胤栄が云った尺八のはなしというのはこうである。

彼が、多年の経験に依ると、尺八を作るため、よい竹を探し求め、多年手にかけてみると、結局、地味も肥え、陽あたりもよい南向きの藪に育った竹からは、一本の名管も生まれたためしはない。

それに反して、地は痩せ、冬は氷や霜ばしらに虐げられ、生まれながら若竹のうちから、簫々と寒風に苦しめられて育った北向きの藪からは、勿論、笛にもならない拗者もできるが、多くの名管はみなそこから生えた竹にかぎるーという話なのであった。

(出典;「剣の四君子」から「柳生石舟斎」、吉川英治全集28、講談社)

2006年7月 2日 (日)

【日曜版】 福岡をアジアのハブ特区に   

だいたいやね。少子化、少子化いうて皆さん大騒ぎしとる訳やけれども、結婚しとるカップル自身が子供はいらん、ゆうとるわけやから、そない無理に子供をつくらんでもエエよ、ゆうてあげたいわけですわ。

子供をつくりたないゆうのも、まあゆうてみれば若者の一つの権利なんですわ。

しかし国家の本音を言うと、少子高齢化の進む国体の維持の為には若い力が必要な訳やね。

そこで読売新聞のこの記事を読んで欲しい訳ですわ。

仏新移民法が成立、選別して受け入れへ 

【パリ=島崎雅夫】フランス国家の利益に貢献するかどうかを基準に移民を選別して受け入れる新移民法案が30日、仏上下院で可決され、正式に成立した。 移民選別が国の将来を左右するとの考えを鮮明に打ち出したが、仏国内では不法移民の就学児童を親の出身国に強制送還することに反対する運動が強まっており、今後も論議を呼びそうだ。(2006年7月1日12時12分 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20060701id02.htm

これからは積極的にアジアの人々を受け入れて、移民の人たちが日本国籍を取得したい、日本人になりたい、と思わすような国にすることが大切やと思う訳やね。

大蔵省から早大教授になった人がゆうとったけれども、いまや中国共産党は自民党の55年体制と一緒で自然に自由主義経済に向かって自然解体してゆくという見方がある訳やね。

そうなったら、中国共産党の胡錦濤やら北朝鮮の金正日が、

「今から人民の移動を自由にします。好きな国に移住してください」

言うたら、そらもう日本沈没ですわ。

ぎょうさんの移民が雪崩れ込んできたら入管手続きも何も出来なくなって日本という国が国としての体裁がなくなってしまう。

その予防線として張っておくのが、福岡県出島構想ですわ。

アジアの経済特区として、国益に資するであろうアジアの移民を大量に受け入れる。

しかしながら、福岡にアジアの子弟を受け入れるだけの産業があるのか? という問題がある訳ですわ。

そこでベンチャー企業の登場ですわ。

孫正義、澤田秀雄。この二人は在日朝鮮人やけれども、ベンチャー企業の英雄とされとる。

けれども彼らの本拠地は東京。これを一気に福岡に移すわけやね。

彼らの優れたところは、いちはやく九州という地政学的な位置に着目して、アジアのハブ地域にしようと九州を再開発して、アジアの黄金楽土にしようとしとるんですわ。

そしてライブドアの堀江君。堀江君は、もともとは福岡八女の九州族。

はよ、東京のヒルズ族(蛭‘s族)とかいう生き血を啜る資本主義の金融サヤトリ屋(アービトラジャー)から足を洗って、地元のために、そしてお国のために頑張ってほしいものやね。

「孫さん、澤田さん。国籍なんかにこだわってちゃ商売は出来ませんぜ。あっしの国籍は地球だ」

と堀江君がゆうたら面白いね。

2006年7月 1日 (土)

出る杭は・・・・・・

1997年、金融ビックバンのあおりで山一證券・日本長期信用銀行といった日本を代表する金融機関が破綻し、世の中が騒然とする中、当時失業中だった私は暗澹(あんたん)たる気分で、或る先生と酒を飲んでいた。

誠心誠意つくした筈の会社を半ば追われるようなかたちで退社した私は自暴自棄になって、

「出る杭は打たれる、という諺(ことわざ)がありますが、私は、出る杭はひっこぬかれる、という諺(ことわざ)を提唱したいですね」

というと、

Y先生は

「T君。それは違うよ。私は出る杭はひっこぬかれて、思わぬところに飛んでいき、別の場所に突きささる」

と返した。

二人顔を見合わせて呵呵大笑(かかたいしょう)した。

« 2006年6月 | トップページ