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2006年7月17日 (月)

佐々木厳太郎教授の告白1

私は憤然として佐々木教授の腕を振り払うと、

「断る。あなたの教育方針は実務家の要請に応えすぎている。私が学生運動の時に反対を叫んでいた産学協同そのものだ」

と言うと、佐々木教授は必死に、

「待ってくれ。私はあなたが教授陣と争って東京国立大学を追われたのを知っている。私はあなたと会って同じものを感じた。私も大学の派閥抗争で大変な屈辱を味わった。その葛藤(トラウマ)をお互い飲んで晴らしたいのだ」

と叫ぶようにいった。 瞬間、私も彼と同じものを感じた。

「わかりました。私も告白しましょう。じつは私も学問を講ずるといつも罪悪感にさいなまれてしまうのです」

すると、佐々木教授は得たり、とばかりに、

「やはりそうでしたか。私もあなたと同じ罪悪感の塊なのです。日々、実務家よりの授業を講じるうちに芽生えてきた、大学人は学問の真実を講ずるべき、という自責の念。しかしながら、私はあえて実務家よりという仮面をとって講義をして参りました。これには訳が・・・・・」

「もういい。私にはわかっている。君の・・・・・」

と言いかけると、後ろで何かいいたげにたたずんでいた学生があきれたように、ともに抱きあわん、とばかりに会話をしていた私たちの中に割って入ってきた。

「佐々木先生、実は僕、閉所恐怖症なんです。先生が大教室の扉を鎖で施錠したとき、私はとてつもない恐怖を感じました」

すると、佐々木教授は

「おお、君もマイナーな精神病を抱えていたのか、すまん、君の気持ちがわからずに僕は・・・・・」

佐々木教授は巨体を揺すりながら大学の回廊で号泣した。

2006年7月 8日 (土)

佐々木厳太郎教授の財務管理論3

佐々木教授が雑務助手に、

「掲示―」

と大喝すると、4人の雑務助手と院生が手分けして新聞の株価欄を何十倍にも拡大した紙を黒板に貼り出した。

私が驚愕して黒板に貼り出された株価欄の銘柄名とその騰落率に眼を奪われていると、壇上の佐々木教授が雑務助手に合図を送り、雑務助手がテープ・レコーダーのスイッチを押すとワグナーの「ワルキューレの騎行」を大音量で流しはじめた。

「やめたまえ。これは戦争賛歌の音楽だ!!」

たまらず私は叫ぶが、佐々木教授の大音量のマイクロフォンの声はとどまることを知らない。

やがて、4人の研究助手が4桁の数字が書かれたカードを学生に配り始めた。

大教室が戦闘的な雰囲気に包まれはじめた。

「諸君。これだけの銘柄が株式市場に上場している。その会社数は4000を超える。

諸君はまずどの銘柄がどのセクターに属し、どのような活動をおこなっているか知るが良い。その為には、」

佐々木教授が黒板に「EDINET」と書くと、

「これはEDの治療機関ではありません。まずインタ-ネットで“EDINET”と入力してみて下さい。

これはElectoric Data Investor‘s Networkの略語です。

日本語に訳すと、『証券取引法に基づく有価証券報告書等の開示書類に関する電子開示システム』

官僚用語は長ったらしくて嫌ですね。それはそれとして、

ここから諸君の手元に渡った4桁の数字の銘柄の有価証券報告書をEDINETからダウンロードして、200ページくらいありますよ、投資に適するか否か、明智大学所定のレポート用紙4枚にまとめて提出して下さい。

諸君ははじめてのことであろうし戸惑いもあるであろうから、提出期限は再来週とする。

よって今回の講義は終了。来週は休講とする」

佐々木教授は呵呵大笑すると、いそいそと4桁の数字の書かれたカードを配る研究助手をよそめに、壇上から降り、私の肩を抱くと、

「さあ、本日の講義はこれにて終了です。長岡佐渡教授、飲みに行きましょう」

と言った。

2006年7月 7日 (金)

佐々木厳太郎教授の財務管理論2

「あなたの教育方針は素晴らしい。是非あなたの講義を聴講したいのだが」

私は内なる衝動に抗しがたく佐々木教授に申し出ると、

「いいですよ。しかしながら、あなたは何者です? 学内ではとんと見かけない顔ですが?」

怪訝な顔をする佐々木教授に、

「あ、いや。先日、東京国立大から赴任いたしました哲学担当の長岡佐渡」

と告げると、佐々木教授の笑顔が瞬間、怪しげな笑顔に変じた。

「サド・・・・・・ですか」

「ええ。佐渡です。佐渡島の」

途端に佐々木教授の顔が引き締まり、

「あはははは、トキがいる佐渡島ですか。北朝鮮から帰ってきた曽我ひとみさんやジェンキンス氏がいる佐渡ですね。いまは、ジェンキンス氏がどこのブランドの車に乗るか注目の的だそうですよ」

何気ない話の中をしながら、私は佐々木教授の時折痙攣する顔の影に見え隠れする怪しげな欲望に満ちあふれた笑顔が気になったが、とりあえず、佐々木教授の講義する「財務管理論」がおこなわれる熱気あふれる大教室に入った。

壇上に上った佐々木教授は2名の雑務助手に、

「施錠(せじょうー)―」

と大音声を発すると、雑務助手は大教室の前後の巨大な扉を鎖でグルグルまきにして大教室を密室状態にした。

瞬時に、大教室に閉じ込められた150名ちかくの生徒に緊張が走った。

マイクを握った佐々木教授は開口一番、

「諸君。金融マネー・ゲームの時代が到来しました。我が国はこの金融マネー戦争に勝ち残っていかねばならない。みよ、先進国はすべて金融王国である。諸君はこの国の信用力があるうちに投資家を募り、大量の資金を調達し、マネー・ゲームに参加して勝利しなければならぬ」

うしろからゲボッ、という学生が嘔吐する音が聞こえた。当然だろう。

佐々木教授はなおも続けた。

「ホリエモンのいう事は資本主義の真実をついている。起業して失敗したって、個人保証さえしなければ、失うものは何もないのだ。失うものは社会的信用だけだ。これからの日本は文化力などというたわ事を言うものがいる。小国から大国、貧国から富国と成り上がることでしか日本は日本たりえないのだ。諸君、文明の成果は金で買い取ればいいのだ。さあ諸君、西洋諸国とのマネー・ゲームに打って出よう」

「これってカルト商法?」という話し声も聞こえた、この声も至極当然である。

私はこの講義説明を聞くなりゲンなりした。

私は哲学、特に公共哲学を講ずるものである。

このなんともいえぬプラグマティクな講義を大学という場所でおこなうこの佐々木という人物にも大いに不審感を抱いた。この講義をエスケープした学生の方がよっぽど正常なのじゃないか、と思った。

2006年7月 6日 (木)

佐々木厳太郎教授の財務管理論1

「待ちたまえ諸君!! 待ちたまえ!!」

筋肉質で体の大きな40後半の男が汗だくになって、2、3人のジーンズをはいた学生を必死に追いかけている。

初めは何かの間違いか、また昨夜六本木のパブで嗅がされたマリファナの幻覚のなせる技かと、眼をこすってみたが、大柄な男が必死の形相で2、3人の学生を追いかけている光景に変化はない。

走ってくる大柄な男の襟首をつかまえて、

「あなたは何をしているのですか?」

と問うと、

「ガ、学習障害とおぼしき学生を追いかけているのです」

と、激しい息づかいの中答える。

学習障害児。聞いたことがある。知能が高すぎるが故に授業に集中できず教室を出ていってしまう児童のことだ。

明智大学は幼稚舎から大学生まで生涯教育をモットーとしているときいていたが、大学生になってまで小学生と同様に学習障害児を捕まえて再教育するのかと、驚いてたずねると、

「ナ、中には知能が高すぎるが故に、講義が退屈で出てゆこうとする輩もいます。ソ、そういう、学生が大学をドロップ・アウトしないように予防線を張っているのです。ソ、そういう学生の中から改心して大変な天才が現れる可能性もある・・・・・・」

それは素晴らしい。

「東京国立大以外は大学にあらず」

と30年以上象牙の塔にこもり他大学を寄せ付けず、見下していた私は明智大学の細やかな教育方針に大変感動した。

「あなたのお名前は・・・・・・・」

「サ、佐々木厳太郎。ケ、経済学部で証券論を担当しています」

やがて、この佐々木教授の2名の雑務助手とおぼしき人が授業を放棄してドロップ・アウトしようとした3名の学生の前に立ちはだかると、投網を投げつけた。

投網の中に入り、天井につる下げられた学生は白旗を掲げ、雑務助手はその光景を見て、飛び上がって喜んだ。

2006年7月 5日 (水)

経済学部 長岡佐渡先生

東京国立大学文学部の教授の座をめぐる争いに敗れ、明智大学経済学部に奉職した哲学専攻の「長岡佐渡」教授のモットーは「人倫に背くことなかれ」

ひとたび酔えば政治を論じ哲学を論じてやまない「佐渡先生」のもとに、洋行帰りの「本阿弥光悦」と、腕太くバンカラ風の「佐々木厳太郎」がやって来て、酒を酌み交わしながら天下の趨(すう)勢を論じる。

本阿弥教授は「明治以来の富国強兵策の信奉者」である。

アジアの小国・日本が早く民主制を確立し、公選制、自由貿易、「国の経済や財政を圧迫する投資ファンドなどに手を出さず、一心に学問と工業技術を究めることで欧米に並ぶ国を」造り上げた過去の経済政策から若者は学ぶべきと唱える。

一方、現実主義者の佐々木教授は、本阿弥教授の理想を鼻で笑う。「そもそも金融マネー・ゲームは避けられぬ。先進国はすべて金融王国である」国家間の信頼がどれほどのものか、投資者を集め大量の資金を調達し、小国から大国、貧国から富国と成り上がることで「文明の成果は金で買い取ればいいのだ。さて西洋諸国とのマネー・ゲームに打って出よう」と主張する。